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杉並の風
        
 九死に一生  
 市村 美知子(48工)

 今からもう20年ほど前のことです。かなり暑くなりそうな日曜日の朝、私は八ヶ岳から東京の自宅へ向けて車を走らせていました。貸し農園での畑仕事を終え、車のトランクはほうれん草や春菊の青臭いにおいで一杯でした。中央高速はガラガラでしたし、楽しい収穫の余韻にひたってすっかり上機嫌な私は、めずらしく!スピードを落としてゆったりと走行車線を走っていました。
 ところが一宮御坂を過ぎて勝沼へとやや上り坂になったところで、とんでもない事故に遭ってしまったのです。少し前私を追い越して行った車が坂道でだんだん遅くなり、私と並んでしまいそうになったと見る間に、こちら側の走行車線へと突然車線変更してきました。斜め後ろに位置していた私の車は死角になって全く見えなかったのです。私はブレーキを踏み、さらに左にハンドルを切り、右から来たその車を避けようとしましたが何しろ高速運転中の事、車は左ガードレールのワイヤー部分に激しく衝突した後、スピンして止まりました。この時衝撃でエアバッグが作動したのですが、支えきれなかったのか額がしたたかにフロントガラスにたたきつけられたため、私は顔面血だらけ、プロレスの流血シーンさながらの惨劇になってしまいました。事故の原因となった車の運転者はあわてて車を止めてこちらに近づいたものの、私のこの流血沙汰を見るなり腰が抜けてしまい「すぐ警察と救急車を呼んで下さい!」と私に言われてやっと非常電話に走っていく始末。時折追い越していく車はみな私を見てびっくりし、恐怖で口をあんぐり開けたまま通り過ぎていきます。一方私の頭の中では、明日の仕事をどうキャンセルしたら・・などと色々なことが駆け巡っていました。
 私はその後運ばれた病院での検査で幸い脳波などに異常もなく、傷も縫合されて殆ど目立たなくなりました。車の方はフロント部分がペチャンコで勿論廃車となりました。あとで迎えに来た家族は元気な私を見てほっとしたものの、この車を見たときにはあまりの変わりように絶句したそうです。
 その後も懲りずに運転を続けている私に友人たちは「よく平気ねー」とあきれていますが、あの緊急時、自分が意外にもパニックにならなかったことや、今の車はあれだけの衝撃でも運転者をちゃんと守れるように作られていることが実体験できたことは、あってはならないこととはいえ実に貴重な経験でした。
 そして今も相変わらず大好きな自然郷での生活を楽しんでいるのですが、時折知人にこの話をしては怖がらせています。安全運転しているつもりでも状況判断が甘いと、こんなことが起こり得るのですね。皆様もお気をつけて・・・
 


 

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